平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

夜の美術館と現代アート茶会 如月の宵、掛川の和で遊ぶ  〜掛川現代アートプロジェクト vol.5 「優游涵泳」 2012/02/13


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( ↑ )柳沢紀子さんの『所在』。下に描かれている塊はアンモナイトだろう。
所在には「あちこち」「ここかしこ」という意味がある。まさに、この茶会には、あちこちに「水と石」が仕掛けられている。もう一つ重要な所在の意味には、「しわざ」「ふるまい」があることを見落としてはならない。水や石のしわざやふるまいに遊ぶのがこの茶会の醍醐味だ。


( ↓ )土屋公雄さんの作品
ガラスの破片でつくられた薔薇。この小さな薔薇が茶室に緊張感を与え、静寂をつくる。触っただけで指先が切れそうだ。柳沢さんの作品と効き色であるピンクが響きあう。

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( ↑ )写真では見えにくいが竜の意匠が見える。竜は水の象徴だ。囲炉裏という火と水の竜が重なり合う。火と水で「神(火水)」と読ませる歌もある。


( ↓ )
スタッフが首に巻き、腰に下げていた手拭いもまた水紋であり、流水だ。

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「優游涵泳」 見慣れない文字の並びだが「ゆうゆうかんえい」と読む。ゆったりとして心のゆくままに楽しみ、深く親しむこと。水に体を任せ芸術に遊ぶ我が身を思い浮かべればよい。2012年の「掛川現代アートプロジェクトvol.5 如月の宵、掛川の和で遊ぶ 夜の美術館と現代アート茶会」のテーマである。

わたしは毎年このイベントに参加させていただき、時系列で当日をレポートしてきたが今回は趣向をすこし変え、核心となるアーティストの新作に多く触れることにする。
ちなみに総合プロデュースは山口裕美さん、それを支えるNPO法人掛川の現代美術研究会(山本和子代表)が両輪となり、このイベントを創り上げている。毎年、選ばれたアーティストによって創作された何某かの茶道具が新作として披露され、一期一会の席を創り上げる。

「優游涵泳」のテーマにあわせてしつらえられたのは、画家 柳沢紀子によるお軸「所在」と、彫刻家の土屋公雄(愛知県立芸大教授)によって披露されたガラスの破片で創られたオブジェ薔薇の花、そうして、水指である。特に水指は、自然石の玄武岩をくり抜いて創られており、金属製や木製を見慣れている者は衝撃を受けたに違いない。蓋の部分は試行錯誤を繰り返しながら最後はアフリカ産の御影石を取り合わせて成功している(鉱物マニアのわたしはこれを目の前にして欣喜雀躍した。実は、掛川市は化石の産地で、その案内役としてテレビの1時間番組に出演したこともあるくらい化石・鉱物には興味がある)。玄武岩は火山岩の一種で、カンラン石を多く含む。わたしの記憶ではカンラン石は志賀重昂の『日本風景論』(水蒸気に注目した東海道風景論は今でも新鮮)にも登場し、最近では衛星「かぐや」の調査によって月表面にも多く存在することが明らかになった。地球の衛星でもあり、ジャイアントインパクトから誕生したといわれる月の、その表面に多く存在するということは、原初地球にもカンラン石が大量に存在した可能性を示唆している。すなわち生命誕生のキーともなる鉱物の可能性もあるのだ。実際にハッブル宇宙望遠鏡で原初宇宙の1350光年先を観測するとカンラン石の雨が降る宇宙が広がっているという。ちなみにカンラン石の語源は確かラテン語でオリーブの意味だ。透き通ったグリーンがオリーブ(オイル)を想起させるのだろう(玄武岩の語源は試金石である)。

彫刻家の土屋さんは、水指の材料となる玄武岩を長野と岐阜にまたがる御嶽山の麓を流れる木曽川まで何度か探しに出かけている。

まず選び出す石の大きさがむずかしい。それは茶席に持ち込み、けっして目立ちすぎてはいけない。サイズとカタチ、色、質感、文様等を纏った玄武岩をいかに見つけ出すか。見つけてお終いではない。さらにその先には硬質な自然石をどのような技術をもってくり抜くかという大問題が立ちはだかる。自然石はご存知のように、人工石のように同じ方向へと筋目が走っている訳ではない。要は力の掛かり具合によっては、すぐに割れてしまうのだ。実際に制作過程ではいくつも割れてしまったという。
そうして、命を吹き込ませた玄武岩は十ミリという厚さを残してくり抜かれ、茶の湯に供される水を鏡のように湛えたのだ。水指と対峙してみると分かるのだが、それは軌跡に近い。28キロもあった玄武岩は茶席に運ばれる段になると抱えてちょうどよい重さ7キロに仕上げられたという。みごと、という他ない。

茶の湯は元来仏教の世界を映した世界表現だ。そこには原初的な生命を見つめる目が常にある。そう考えると、この茶の席は、1350光年宇宙、月、地球、玄武岩、茶席、水指、茶碗、身体という入れ子になっていたのだ。壮大な物語があの日の茶碗という一杯の宇宙に注がれていたのである。


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( ↑ )漆黒の宇宙 水指。宇宙というのは単に譬えではない。



( ↓ )左から、アートプロデューサー山口裕美さん、水指を制作した土屋公雄さん。そうして、お点前をみせてくれているのは掛川の現代美術研究会代表山本和子さん。

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( ↑ ) 風冴ゆる山本和子さんのお着物の意匠。


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同日、掛川二の丸美術館では恒例となっている「夜の美術館」がおこなわれた。
参加者はペンライトを持ち、照明が落とされた館内を経巡る。自ら創り出す小さな照明が、作品に陰翳を与える。
http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kankou/spot/art/ninomarubijyutu.html


もう一つ、この催しがすばらしいのは、市民のボランティアによって支えられ、ひとりひとりが誇りをもって取り組んでいる点だ。こういったイベントは費用対効果だけを考えて評価をしてはならない。きちんと予算化し続けなければならない。いくつかの茶道具が揃ったところで、はじめて本格的な茶会がはじまるのである。真に問われるのはそこからだ。掛川市の理解と協働、文化の深さに期待して止まない。


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この茶会のアートプロデューサー山口裕美さんの連載(静岡新聞 朝刊 2012/02/15)
とにかく山口さんの、発想力とサディズム(笑)がなければ、このイベントは成立しない。



●本茶会とあわせになっている「霜月の宵 夜の美術館とトークショー」(2011/11/5)はこちら。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1670.html


●第四回までのレポートは、こちらから辿ることができる。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1490.html

●2013年の茶会の報告はこちら
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1871.html


( ↓ )【追記】掛川の二の丸美術館の展示されている水指。常設かどうかはわからないので、連絡をとってから伺うのがよい。

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