平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

夜の美術館と現代アート茶会 如月の宵、掛川の和で遊ぶ  〜掛川現代アートプロジェクト vol.4 「方員可施」  2011/02/07

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【夜の美術館】
掛川市二の丸美術館に集まった参加者には、それぞれに一本のLEDライトが渡される。そこには個々人が創り出す明かりの中で美術鑑賞を楽しむための趣向が凝らされている。だが、初めて参加した者はまだそれを知らない。

少しだけ説明しておこう。
煙草文化の展示品が並べられた展示室はあらかじめすべての照明が落とされている。足下もおぼつかない。そこにはただ暗闇だけがある。普段の美術館とは異世界である。それだけで心が踊る。
そうしていよいよ参加者ひとりひとりが、LEDライトを持って「自分専用の美術照明」をつくりながら作品鑑賞をはじめるのである。故に展示品の細部が見える。なるほど小さな陰影がつくれる。そうして普段だと、一つの展示品を観ながら、実は既にとなりの展示品が気になって仕方がないということがおきているが、それを防ぎ今目の前にある展示品にのみ集中できるという按配なのである。
そんなこんなで、待合とでもいった「夜の美術館」を楽しんだあとは、いよいよ茶室の広間へと通されるのである。



【現代アート茶会】
今年で早四年目を迎えた「掛川 夜の美術館と現代アート茶会」は、アートプロデューサーであり現代美術ジャーナリストの山口裕美さんと掛川の現代美術研究会を主宰する山本和子さんとその仲間がコラボして立ち上げ、運営しているアートプロジェクトである。
この催し、今や告知をすると、あっという間に定員オーバーとなり、やむなく抽選となるそうだ。事実、わたしの友人たちも選にもれ、悔しい思いをしている。ジタバタ。

ところでこのプロジェクト、毎年、山口裕美さんがとびっきりのアーティストを口説き落として、一年がかりで茶道具をこしらえてもらい、それを使って茶会を催してしまうというものだ。しかも、その茶会には必ずアーティスト本人が亭主のひとりとなって参加し、客をもてなすという趣向である。
第一回目がミヤケマイさん、二回目は中村ケンゴさん、三回目は名和晃平さん。そうして今年、四回目は、アートとサイエンスを同時に語るアーティストでありデザイナーの東泉一郎さんだ。

テーマは「方員可施」(ほうえんかし)。方員施すべし。方は四角、員は丸。可施は、そこに力や思いを加えること。すなわち、あるオブジェクトに対して何某かの係わりをもつことで四角が丸に、丸が四角にカタチを変えていくことである。
そのテーマの通り、器、食材、着物の柄、茶杓など、四角と丸のあわいを往来する意匠や仕掛けが随所に顔を覗かせていた。
その思想がみごとに結実したのがこの度「夜の美術館と現代アート茶会」のために東泉さんがこしらえた茶杓なのである。

東泉さんは云う。
今回制作した茶杓に銘はありません。ただし、二本の茶杓にはそれぞれ「火 または 炎」「風 または 流れ」というモチーフがあります。
火ではなく炎でもない。「火 または 炎」です。風でもなければ流れでもない。「風 または 流れ」なのです。それぞれの間を行き来しながら、決してそのどちらかにも偏らず、固定もしない。そんな存在の茶杓なのです。わたしの中では、茶杓の制作も宇宙プロジェクトも、それは分子レベルで見れば同じことなのです。(※一部、平野の解釈も加わる)

そう云う東泉さんは、日本科学未来館のための展示コンセプトデザインや宇宙開発プロジェクトにも係わる。
なるほど、「アートとサイエンス」を同時に語る東泉さんは「分子のふるまい 分子のダンス」をデザインし、カタチよりもむしろ「サーフェス(断面)」を設計しているのである。サーフェスといえば、佐々木正人の「すべてのデザインは固さのデザインである」、ルイ・ラロワの「サティの音楽には表面がない」、ルイス・サリヴァンの「形体は機能に従う」などの箴言、あるいは、ジェームズ・J・ギブソンが生物にとっての物理的な環境を「ミーディアム」(媒質)/「サブスタンス」(物質)/「サーフェス」(表面)の三つに分けて定義したことなどがすぐに思い浮かぶ。

茶杓や茶碗をはじめ茶道具のサイズというのは、茶室の空間サイズが決定してきたとも云える。ちなみに茶杓は、畳目十二半 六寸余というが一般的。これはおそらく認知科学でいうところのアフォーダンスが決してきたのではないか。それはさておき、事実、利休のときの茶碗のサイズと織部や遠州のときのそれとは、明らかに違っている。伝統的な茶杓のサイズを前に、どうやって現代のサイズ決定していくか、型があるだけに型破りにはもしかするとご苦労があったのかもしれない。

ところで東泉さんはとても柔らかな雰囲気を醸し出した人物である。だがいったん自作を語る段になると、語り口はいたって明瞭であり、多様でいて一途である。しかもぶれない。これが東泉一郎の強さであろう。

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広間 
 軸「初まり始まり」ミヤケマイ 2007年 軸光 竹廣泰介

 棗「スピーチバルーン イン ザ ヒノマル」中村ケンゴ 2008年 アクリル・俵藤ヒデト
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/754.html


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向かって左がアートプロディサーの山口裕美さん。右側は主催者のお一人 石津たつ子さん。石津さんの声が静寂に小さな切れ目を入れるとお茶会がスタートする。

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汲出 「掛川市板沢の生姜入り ジンジャーシロップ」 掛川・鈴木俊巳&コンフィチュール・エ・プロヴァンス


点心「掛川椀」 掛川の葛で葛仕立てに  掛川・月茂登
・ おはたき 掛川市初馬の月茂登女将実家のおはたき(掛川の郷土料理・うるち米の餅)
・ 桜エビ真蒸 駿河湾の桜エビ
・ 俵おや芋 掛川の親芋
・ 梅花大根 掛川市初馬の月茂登女将実家の大根
・ 梅人参 掛川市の人参
・ 菜花 掛川市の菜花
・ へぎ柚子 掛川市の柚子
  おしのぎ 煎り大豆


どれもこれも、山本和子さんの一切の妥協なき産物である。
膨大の時間を使って頂いたからこそ、今この瞬間、目の前にこれらの美味が並んでいるのである。

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梅の一献 「立春朝搾り 平成二十三年 辛卯二月四日」吟醸 生原酒 島田・大村酒造
     「花かすみ 開運にごり酒 無ろ過純米」 掛川・土井酒造


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ここにも「方」と「員」が出現

菓子 主菓子「柚子蒸蕷饅頭」 掛川・梅廼家
干菓子「もりの音」 金沢・たろう
「金トキ豆」(お神籤入り) 福岡・ハトマメ屋」


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寒さに肩をすぼめ小間に歩を進める

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掛川の現代美術研究会を主宰する山本和子さんが点ててくださった一服の茶で体が温まる。
その山本和子さんのお着物が月の満ち欠け文様。床と響き合う。
この日、スタッフの手拭いもすべて月の満ち欠け文様でまとめられていた。

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お点前頂戴致します



大変美味しく頂きました。お茶名は・・

    茶名「春の月」でございます。


お詰めは・・・

    掛川茶(無菌茶)・松下園&ムーンパウダーでございます。




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向かって右が山本和子さん そのお隣がデザイナー 東泉一郎さん。東泉さんは「わたしは(シーンによってはアーティスだが、基本的には)デザイナーである。使えるものを意識しながらものをつくっている」といった意味のことを仰っていた。

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客がLEDライトで覗き込んでいるのが東泉一郎新作の茶杓。
ちなみに、持ち込んだデジタルカメラではまともに接写ができず失礼にあたるため、敢えて写真は撮らなかった。

茶杓 銘なし 二本一対
   火 または 炎    朴木 金箔  東泉一郎
   風 または 流れ   朴木 銀箔  東泉一郎

「切止」がそれぞれ、火あるいは炎、風あるいは流れ の意匠にかたちづくられている。
実際には手に取れなかったが、「追取」(おっと)をはじめ「露」「櫂先」「折だめ」「樋」など、全体の流れが実に優美で力強くもあり、美しかった。櫂先などは流派によってカタチに特徴が見られるが、まさに東泉流のラインがあった。
東泉さんは、「重さ」にもっとも神経を注いだと話されていた。塗りは蜜蝋+レモン汁で溶いたもの。素材は朴木以外にもいくつもの素材を試してみたという。
ちなみに茶杓の源流は、中国・唐や宋の象牙茶匙。それが日本に渡り、茶道の中に流れ込む。初めて竹を使ったのは村田珠光だと云われている。

 
茶杓袋 手編み 竹村旬子
 共筒といってもいい手編みの立体茶杓袋。果たしてもこの立体はどのようにしてつくりだしているのか。
 竹村旬子さんの編み物はものすごい http://www.jungjung.jp/


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衝撃的な床の間のしつらえ 
月探査衛星「かぐや」打ち上げ@種子島(2007年9月14日 撮影 池田晶紀) かぐやだからH-IIA13号機だろう。撮影距離はわずか数百メートルだとうかがった。

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月面コースター moonbell 畜光塗料 デザイン東泉一郎&JAXA
ブラックライトを当てると、JAXA提供によるデータが映された月面がカタチを表す



◆昨年までの様子は、ここを起点に「鑑賞」できる。
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1069.html

●2013年の茶会の報告はこちら
http://www.hirano-masahiko.com/tanbou/1871.html



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