平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

日本の広場の可能性 2016/04/04

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◆野暮な話だが、花見をしている時間がまったくとれない。出勤中の車の中からキャンパス内の桜を目の端っこで眺めるのがせいぜいだ。先日は移動中の電車で、民芸運動の旗手・河井寛次郎と(本の中で)花見をともにした。かつて町はずれの丘に、雲がわきたつように咲いていた桜の花を心に思い浮かべながら。

 「この一本の木に花を集めて、春を惜しんだ昔の人々____此辺の土の中には、幾世代にもわたる彼等の先祖のこぼした花見の酒や賑はひが、しみ込んでゐり筈であった。(中略)染井吉野は、そういふ花にちがひなかった。然し、この丘を一つ越した次の丘の段々畑や、山の麓の農家の軒先などには、ひとりあるともなしに咲いてゐる山桜などが、人に代わつて、静かにゆく春を惜しんでゐる事は、昔と少しも変わらなかった。」「社日桜」『六十年前の今』(東峰書房,1968)




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( ↑ )柵の外から、つま先立ちの花見。

◆ある仕事の資料として、隈研吾、陣内秀信監修『広場』(淡交社,2015)を読む。巻頭言にあたる隈研吾の「実態への回帰」は痛烈な磯崎新批判に裏打ちさている。磯崎は『日本の都市空間』(彰国社,1968)において、新カント派の哲人・カッシーラーの4段階説になぞらえて都市デザインは変化すると唱えた。4段階説とは、「1.実体論的段階 2.機能論的段階 3.構造論的段階 4.象徴論的段階」である。このプロセスの中でもっとも無視され、都市から排除されたのは人間そのものであるというのが隈の指摘である。磯崎は4段階の先に来る世界を絶望的・終焉的な「見えない世界」、ブラックヒストリーとして論じた。だが隈は、コンピュータテクノロジーが、磯崎の論とはまったく逆の流れ、つまり都市と人間とを再び結びつけはじめたと分析した。

「情報テクノロジーは、ネットに載せられた、あらゆる情報へのアクセスを容易にした。世界のすべては、電子情報化されて、ネット上を漂っている。ストーリーのすべてが、ファサードのすべてが、地表のすべてがネットにスキャンされたかにみえた。しかしまさにその時、決定的な逆転がもたらされたのである。どうしてもネットに載せることのできなものが見つかったのである。このひとつだけの自分の身体を使って、地面というごつごつした実体の上を歩き回るというリアルな体験。都市のテクスチャーと、音と、匂いとを自分の身体に重ね合わせること、それだけは電子化できず、ネットに載せようがないことをに、われわれは気づいたのである。」(p10)

つまりは、情報化・ネット化によって、実体の価値と意味を再発見させられたというのである。加えて、建築における素材(たとえば障子や布に負けないような複雑な表情がガラス素材でも可能となった等)と構造技術の発展が、都市と人間を近づける追い風となった。

グローバル資本主義に呑み込まれた欧米の都市に対して、日本でも工業化や西欧化によって都市と人間が分断されてしまったが、紙と木というかつての記憶と技術が、新テクノロジーによって新素材、新技術として記憶を伴って生まれ変わり、その失われた時間の間を添え木してパブリックスペースの再生を果たしたのだ。
日本の広場が新しいコミュニティのナーサリーとしての可能性をもつことを、隈研吾が冷静に分析した。



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博物館の中に図書館が開館。ただし、期間限定。
「徳川将軍家の図書館」 徳川幕府と徳川将軍家にまつわる蔵書、「葵文庫」と「徳川文庫」を俯瞰して見ることができるチャンス。会期:2016年3月5日(土)~4月17日(日)。各地で行われている本のイベントもいいもが、こちらの本の展示にも足を運びたい。会期中に、もう一度行きたい。

◆フェルケール博物館公式サイト
http://www.suzuyo.co.jp/suzuyo/verkehr/exhibition/




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