平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

『叢書・ウニベルシタス』が1000番到達  2014/04/17

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法政大学出版局の『叢書・ウニベルシタス』が2014年2月で、1000番の刊行に到達した。偉業である。
ウニベルシタスとはラテン語で「大学、普遍性、組合」などを意味する。
法政大学出版局『1000番到達記念ブックレット』(2014)によれば、これらの仕事は、古典から現代思想までを含む哲学思想をはじめ、社会科学、歴史、文学、芸術、宗教、科学哲学・科学史など、多岐にわたる分野の翻訳を収録していて、原書を言語別に見ると、フランス語がおおよそ40%、ドイツ語33%、英語25%、残りをスペイン語・イタリア語等が占める統計となっているそうだ。

わたしも学生のころ先輩にすすめられて、ジャック・デリダの『エクリチュールと差異』の上・下本を読み(1000号到達号は、この新訳)、不可思議なタイトル故に手に取ったイリイチの『テクストのぶどう畑で』に興奮した。きっと今も部屋のどこかにマランの『絵画を破壊する』やデリダの『絵画における真理』(上・下)も眠っているだろう(古本屋に出した記憶がない)。確か買っただけで読んでいないボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』も書棚の番地を持たないまま書斎のどこかで迷子になっているはずである。

牧野英二法政大学文学部教授で、出版局評議員が、先にあげたブックレットにこんな言葉を寄せている。

「この出版活動が、本学及び日本の大学の研究・教育の進歩・発展に大きく寄与している点にも、触れておかなければならいであろう。これらの成果を維持するだけでなく、さらに高めるためにも、本叢書には、多くの商業出版にみられる〈超訳〉や〈意味不明の意訳〉、反対に生硬な〈直訳主義〉にも陥ることのない、〈達意の日本語〉による優れた翻訳の刊行に今後も努めていただきたい、と筆者は要望する」(p.99)。

ちょうど、静岡大学人文社会科学部 今野喜和人教授が、翻訳文化研究会『翻訳の文化 / 文化の翻訳』(第9号,2014)の開巻劈頭に『翻訳の〈倫理〉の一側面 –固有名詞の訳をめぐって−』を綴られていたのを思い出した。
「翻訳は原テキストと訳文の間の、ある種の『等価性』を追求する営みであり、翻訳者はその等価性を確保するために『忠実性』の範囲に従うことが求められる。原テキストの意味を把握できずに間違った訳文を作成したり、不適切な配慮から内容を省略したり、意図的に歪めて訳出したりすることが批難されるのは当然である。」(p.1)
この警鐘が法政大学出版局の骨太な編集方針と重なり、思わず膝を打った次第である。


超訳とは何だろう。考えれば考えるほどよく分からない。果たしてそれは理解を深める早道になるのだろうか。それを読んで理解したことになるのだろうか。

「翻訳とはすなわち、しおれた花を蘇生させる救いの水であり、いったんは衰えた生命を『母なる地』以外の場所によみがえらせる術なのだ。」
ゲーテの詩を引用しながらそう言ったのは『翻訳教育』(河出書房新社,2014)の野崎歓である。





◆ ・・・は、はい、・・・生きています、なんとか。





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