平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

萩原朔太郎の老年感  2011/07/25

sora24


先日、講座の打ち合わせのために、ある女性と男性がわたしを訪ねてきてくれた。
打ち合わせも一段落すると、女性の方がソファの背に置いてあった萩原朔太郎をひょいと手に取り、声に出して読み始めた。
『老年と人生』(岩波書店『猫町』)というその随筆は、以前に間違いなく読んだはずだが、すっかりと忘れていた。来客が読み上げてくれなければ、その本の中でずっと蹲ったままになっていたであろう。
「・・・八十歳になったゲーテが、十八歳の娘に求婚して断られた時、彼はファウストの老博士を想念し、天を仰いで悪魔の来降を泣き呼ばった。」 
こんな長文をここで読む人はいないとおもうが、自分のためにその一部をアップしておこう。


「老いて生きるということは醜いことだ。自分は少年の時、二十七、八歳まで生きていて、三十歳になったら死のうと思った。だがいよいよ三十歳になったら、せめて四十歳までは生きたいと思った。それが既に四十歳を過ぎた今となっても、いまだ死なずにいる自分を見ると、我ながら浅ましい思いがすると、堀口大学君がその随筆集『季節と詩心』の中で書いているが、僕も全く同じことを考えながら、今日の日まで生き延びて来た。三十歳になった時に、僕はこれでもう青春の日が終った思い、取り返しのつかない人生を浪費したという悔恨から、泣いても泣ききれない断腸悲嘆の思いをしたが、それでもさすがに、自殺するほどの気は起らなかった。その時は四十歳まで生きていて、中年者と呼ばれるような年になったら、潔よく自決してしまおうと思った。それが既に四十歳を過ぎ、今では五十歳の坂を越えた老年になってるのである。五十歳なんて年は、昔は考えるだけでも恐ろしく、身の毛がよだつほど厭らしかった。そんな年寄りになるまで生きていて、人から老人扱いをされ、浅ましい醜態を曝して徘徊する位なら、今の中に早く死んだ方がどんなにましかも知れない。断じて自分は、そんな老醜を世に曝すまいと決心していた。ところがいよいよ五十歳になってみると、やはりまだ生に執着があり、容易に死ぬ気が起らないのは、我ながら浅ましく、卑怯未練の至りだと思う。 (中略) そして五十歳を越えた今となっては、かつて知らなかった人生の深遠な情趣を知り、したがってまたその情趣を味いながら、静かに生きることの愉楽を体験した。それは父の死によって遺産を受け、初めて多少物質上の余裕を得たことにも原因するが、より本質上の原因は、むしろ精神上での余裕を得たことに基因する。若い時の生活が苦しいのは、物質上の不自由や行為の束縛にあるのでなく、実にその精神上の余裕がないからであった。青年の考える人生というものは、常に主観の情念にのみ固執しているところの、極めて偏狭なモノマニア的のものである。彼らは何事かを思い詰めると、狂人の如くその一念に凝り固まり、理想に淫して現実を忘却してしまうために、遂には身の破綻を招き、狂気か自殺かの絶対死地に追い詰められる。そこで詩人が歌うように、若き日には物皆悲しく、生きることそれ自体が、既に耐えがたい苦悩なのである。然るに中年期に入って来ると、人は漸くこうした病症から解脱してくる。彼らは主観を捨てないまでも、自己と対立する世界を認め、人生の現実世相を、客観的に傍観することの余裕を得て来るので、彼自身の生きることに、段々味のある楽しみが加わって来る。その上どんな人間でも、四十歳五十歳の年になれば、おのずから相当の蓄財と社会的地位が出来て来るので、一層心に余裕ができ、ゆったりした気持ちで生を楽しむことができるのである。 (中略) しかし日本人という人種は、こうした仏教の根本原理を、遺伝的によく体得しているように思われる。彼らは『徒然草』の兼好法師に説かれないでも、僕位の年齢に達するまでには、出家悟道の大事を知って修業し、いつのまにか悟りを啓いて、あきらめの好い人間に変ってしまう。トルストイやゲーテのように、中年期を過ぎてまでも、プラトニックな恋愛を憧憬したり、モノマニアの理想に妄執したりするような人間は、すくなくとも僕らの周囲にはあまりいない。して見れば僕のような人間、初老の年を既に過ぎて、馬鹿げた妄想や情熱から、未練に執着を脱しきれないような男は、日本人としては少しケタ外れで、修業の足りない低能児であるかも知れない。とにかく老年を楽しむために、まだまだ僕は修業が不足で、充分の心境に達していないことを自覚している。」

sora23


この場にアップした内容は、その後ペンを入れる場合があります。
※今日現在、twitter上でつぶやかれている平野雅彦さんは、私平野雅彦ではありません。


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