平野雅彦が提唱する情報意匠論| 脳内探訪(ダイアリー)

平野雅彦 脳内探訪

慎独 そうして、咸宜ということ。 〜学びの場   2010/10/04

zi


学校、寺子屋、夜学、学問所、伝習所、座学、グランド・ツアー、クラブ、サロン・・・歴史を俯瞰すると、そこには様々な学びの場がみえてくる。思いつくままに、しかも年代も建学の地さえも順不同だが、日本における私塾を中心に具体名を挙げてみる。

国学者本居宣長の鈴屋
福沢諭吉の慶應義塾 諭吉は緒方洪庵に学びます。
その緒方洪庵の適塾 正確には適々斎塾
シーボルトは鳴滝塾
亀井南冥がその父と我が子三代で築いた亀井塾
中江藤樹は藤樹塾 藤樹は内村鑑三が『代表的日本人』の五人に挙げたうちの一人。学問は人格そのものである、なんてことを藤樹は強く云っている。
菅茶山の廉塾 これは冬夜読書に徹した。
中勘助の坐忘会 勘助に憧れたグループが押しかけてつくった読書会
私塾ではないけれど、静岡学問所 江戸幕府が終焉を迎えて建学。その後学制によって解散するけれど、学問所で活躍していた洋学系の学者達は、開成校(東大の前身)へと流れた。
足利一門によって運営された足利学校。戦乱の世にあっても読書を推奨し続けた。
新しいところでは、京セラの稲森和夫の盛和塾
松下幸之助の松下政経塾
わたしの記憶力でさえこれだけの名がすぐにパッと浮かぶ。

そんなわけで、世に学びの場はたくさんある。なぜこのような場が立ち上がるのか。それは、学んだことを独り占めしない。自分だけがたのしかった、で終わりにしない。自分だけが気づいてそれで満足しない。そのために学んだことを広く共有知化する。そういう感謝と志が一人一人にあったからだ。そこでは、学んだこと・学ばせてもらったことを伝えたいという熱い気持ちが原動力になっている。

私塾青谿書院を立ち上げた池田草庵は「慎独」を云う。ひとりでいるときにでも、身を慎むの意味だが、わたしはこれを「(知を)独占することを慎む」と読んでもいいように思う。
最後にもうひとつだけ重要なことを挙げておく。江戸の儒学者広瀬淡窓、その私塾は咸宜園。解説は必要ないかもしれないが、敢えて書いておくと、咸宜(かんぎ)とは「みなよろし」である。


この場にアップした内容は、その後、激しくペンを入れる場合があります。

バックナンバーはここ↓から。「表示件数」を100件に選択すると見やすくなります。

現在地:トップページ脳内探訪(ダイアリー)

サイトマップ